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お引越しします!!

最近よく、お引越ししたいな~、とか思ってました。

あ、ブログの話ですよ。

だけど、なんせ私はパソコン音痴なのでお引越しの仕方が分からなくて、ちょっと面倒臭くなってしまってました

お引越しの仕方が分からないので完全に引っ越すことはできませんが、これからは『ブログを通じて知り合った方のアメンバー限定日記を読むべく作ってたアメブロ』の方で日記を書いていこうかと思っています☆

引越し先(夜逃げ同然?)のアドレスはhttp://ameblo.jp/kyubuko/です♪



fc2で仲良くして頂いていた方もアメブロで仲良くして頂いていた方も、これからもよろしくお願いします(≧▽≦)♪

また三日坊主にならないように気を付けなくっちゃ~。


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theme : 国際恋愛
genre : 恋愛

十五夜。うさぎに振り回される。

この土日、定年退職してからほとんど毎日家にいて、囲碁教室ボランティアへ行くかかうさぎの世話をするかネットで株価調査してるか、くらいの父が、元の職場の囲碁クラブの比叡山合宿に参加して不在でした。

別に私たち家族は彼が出かけてようが何にも気にしないし、むしろドンドン外へ出てアクティブに活動して欲しいと思っていますが、約一名父の外出が面白くなった方がいらっしゃいました。



その名はむぅ☆

メスのウサギです。

基本的にむぅちゃんは、朝、父が起床すると庭に放たれ、夕方6時頃に“ただいま”をします。

この子、ホントに気難しい子で、かまって欲しくて寄ってきては足元にジャレついたり舐めたり、服を噛んでぐいぐい引っ張ったりするんですが、いざ抱っこしようとすると、脱兎のごとく(笑)逃げます。

追いかけられて脱兎になるのも大好きなようで、わざと挑発して来たり、私たちが追いかけると、彼女の足元すれすれにたどり着くまで待機していて、直前に私たちの足に飛び掛ってから逃げたりもします。

彼女がうちに来たのは私がまだAUSに滞在していた頃なので、彼女にとっては私は新参者…
確実に、見下されています(笑)

大好物のキャベツを献上しても、それを私の手から読んで字のごとく奪います。
首を上下左右に振ってひったくるといった感じですね。

抱っこしようとすると、猫パンチならぬウサパンチを受けるのが日常です。

そんな、草食動物とは思えないジャイアンなむぅちゃんですが、私たち娘が臭い臭いと言って(笑)寄り付きもしない父には異常なまでになついています

夕方“ただいま”をする時も、私が促すと躊躇して“やっぱや~めた!”と逃走し、また戻って来ては躊躇するので「蚊が入るから閉めるよー!」と言って網戸を閉めようとすると仕方なくただいまをするのに、父が「ただいま~!」と言うといつも一発でぴょんっと帰って来ます

ところが、この土曜日は父がいないのが分かっていて、とーってもご機嫌ナナメなむぅ様。

“ただいまするの、やっぱや~めた!”の後、いつまで経っても、何回網戸を開けても、帰って来ませんでした…

自分でそうしてるくせに、時々気になってただいまの窓まで様子を見に来るくせに、私が「むぅちゃんただいまする?」と言って網戸を開けるとまた逃げる…

夜10時を回っても帰って来ないすねうさぎ…

ホントはただいましたいのが見え見えだし、窓を開けてたら勝手に入って来るんだろうけど、家の中が虫だらけになるのも困るし、家の明かりを全部消して、外にある洗濯機で変な物音を立てて興味を持たせておびき寄せようという作戦に打って出ました


すると、やーっぱりやって来ました!

暗がりで見えないのにどうして分かったかと言うと、むぅちゃんが10連発くらいで足ダン!をしたからです!!!

こんなの初めて見ました~(聞きました)!!!

でも、やっぱりその後また逃亡…

お姉ちゃんも一緒にむぅ捕獲のために庭に出て追いかけるんだけど、捕まえられる一歩手前で逃げるむぅ。

これはもう完全に捕まえられたいという心の現われなんですけど、普段こうなったら捕まるのは時間の問題なのに、なんせ真っ暗なので、こっちが捕まえられずにやっぱり逃走…

お姉ちゃんは、1時くらいまで頑張ってくれたけど、もう諦めて寝ちゃいました。


私も諦めてたけど、やっぱり気になって時々見に行ったりして、気付いたら朝の4時

もうすぐ明るくなるし、眠いし、諦めて寝ました。


すると、朝出勤前のお姉ちゃんが、「朝になったらすんなりただいましたよ。」と寝てる私に伝言だけして出勤して行きました。

朝方は外は寒いし、うちでいつもやってる粒エサも食べたいし、で諦めて帰って来たんでしょう。

でも、庭に出してやらないとまたへそを曲げちゃうので、10時に起きて、庭に放ちに1Fへ降りました。

で、その数時間後の12時過ぎに父が帰宅したんですが…


むぅは、へそを曲げて倉庫の下にもぐったまま全然出て来ません

ちょっと経ってから庭に出て来てるところを私がとっ捕まえて、父の膝の上にぽいっと降ろしたんですが、

いつもなら無条件に舐め回すむぅが、父の膝から逃げようとしました

父もそれを見てむぅがよっぽど淋しかったのが分かったみたいで、愛おしそうになで続けていたら、徐々に機嫌を直した女王様は、父の手をいつものように舐めながら、満足そうにじっとしていました。

そうして30分くらい経った頃、父が「もういいだろう!」と庭に放つと言うので、一度逃がしたら簡単に抱っこできなくなっちゃうし、私もむぅをなでたくて父からむぅを受け取りました。

で、しばらくむぅを撫でて庭へ放つと…


また足ダン!しやがりました

ホントに、気難しくて面倒な女みたいなうさぎ(笑)です。




そんなことがあったので、この日私はとーっても睡眠不足。

夕方4時過ぎ頃、我慢しきれず眠っちゃいました。


起きたのは6時半くらい??

それから晩ごはん作って、


あ"!明日、初出勤だ!!!

と直前になってまた慌てて、出勤する時持って行くお弁当の準備をして、でも“遠足の前夜興奮して寝られない小学生”症候群で寝られなくて、結局1時に床に就いたのに、夕方眠ったせいでぜーんぜん眠れない。。。

結局、今日もまた睡眠不足で今とーっても眠いです。

今日は、初出勤の緊張感と多忙のため、職場では一切眠くなかったので、それだけが救いです。


そうそう、むぅの家出騒動のあった日は、ちょうどチュソクでしたね

普段はテージーとしか電話で話さないけど、テージーもチュソクで光州に帰っていたので、土曜日の晩に久しぶりにお母さんと話そうと実家に電話すると…お母さんの弟さんが出て、お母さんがチムヂルバンへ行っているとのこと。

なのでお母さんの携帯にかけ直すと…


テジ弟が出ました~!

お母さんは携帯不携帯でチムヂルバンへ行ってしまったようです。

テージーがテ「明日の朝10時くらいにもう一度かけて。」

と言うので翌朝、言われた時間にちゃんとかけたのに…

テージーは寝てました

ホントは前の日の夜もテージーがSKYPEログインするね!と言ってたのにすっぽかされてて、今日もこれです。

まったく!韓国人の悪い癖だわ!

お母さんとちょこっと話したら、早くも電話をテージーに変わると言うので、

キュ「チュルゴウン チュソク ポネセヨ!」

と日本語訛りの韓国語を話したら朝から笑われました☆

テージーは、眠そうな声で電話に出て、私が言うことにワンテンポ遅れてうんうん言ってるので、

キュ「眠いの?もう寝ていいよ。」と言うとテ「うん!おやすみ!」と急に元気になりましたシバク!

ブチョンへ戻ってからまたSKYPEで話したら、チュソクでまたいっぱい食べ過ぎて更に太った…らしいです

で、今晩は何食べたの?と聞くと、“トゥルトゥルチキン”って答えやがりました

もうー!信じらんない!チュソクで食べ過ぎて太っちゃったって言うなら、おかゆくらい質素でいいのに!

テージー、ホントに痩せる気あるのか?

私にマクロビオティックって言う前に、もうちょっと自制できるようになって~お願いだから

テージーが早死にしないように、早く結婚してトゥルトゥルチキン禁止令を発令しなくては…!!

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genre : 恋愛

ひとりごとですよ。

先の日記にも書きましたが、9月末にクアラルンプールへ旅行に行きました。

旅行ガイドのリーさんにも第二次大戦についてのお話をお伺いしましたが、
今まで私が主に韓国の方から聞いていた戦争に対する意識とはまったく違ったものでした。
それぞれの国、人が違えば立場も違う。
見解が違って当然なんでしょうけど、歴史認識の観点で、テージーに出会ったことで日本国内から韓国へ広がり、またマレーシアで私の世界が少し広がったような気がしてちょっと嬉しかったです。

また、逆にテージーの認識とかけ離れてしまって、私たち、大丈夫かな…と心配にもなってしまうんですが。

ここでは、インド人街で出会ったインド系マレーシア人の方とのお話を書いてみようと思います。


そのおじさんは、幼い頃にインドから移住して来て、マレーシア人として暮らしているのだそうで、少し前までインド人街からほど近い工場に仕事で来ていた日本人の友人がいるのだそう。

基本的に日本人は好き、というスタンスで話してくれたので、すべてのマレーシア人がそう思っていると言うわけではないけれど…


おじさんの見解は、

“マレーシアは、イギリスによる植民地支配時には、誰もイギリスと戦っても敵わない、仕方ない、

 と思っていたのに、日本がイギリスを撃退したことで希望が見えた。
 
 第二次大戦後に再びイギリスによって支配されたが、日本が撃退した過去があったからこそ、

 我々は立ち向かうことに成功したんだ。

 だから、日本はマレーシアにとっては結果的にいい効果をもたらしてくれたんだよ。”

ということなんだそうです。


NZでもAUSでも、いつもいつも韓国人に“日本=悪”を前提に第二次大戦の話をされて、
自分がしたことでもないのに変な後ろめたさを感じ続けていた私にとって、
これはかなりの衝撃でした。

英語で話してたので、お姉ちゃんは意味が分かってなかったので、そのおじさんと別れた後に詳しく説明したんだけど、嬉しい感情が抑えきれなくて涙声になってしまいました

これは私一個人の考えと言うか思いなので、違うよ!って思う方にはスルーしていただきたいんですが…

勿論戦争は絶対あってはいけないことだと思うけれど、あの当時は、自国の利益のために戦争をするのは当然(は言い過ぎかな?国のための犠牲は仕方ない、位かな。)と言う考えが世界中にあったと感じています。
日本も自国の発展と防衛のために、(アメリカに真珠湾を攻撃するよう仕向けられたという説もあり、)私の考えでは、遅かれ早かれ、第二次大戦は起こっていたんだろうな…と思っています。
そんな中、日本の兵隊(職業軍人だけでなく、多くの一般市民たち)にも多くの悲劇があり、また、兵隊だけでない女性や子供たちもたくさん犠牲になっていて、勿論、巻き込まれた側の韓国や他の諸外国の人たちが日本を許せないと言うのは、それぞれの国の国民感情から、当然であることは理解できるけれど、多くの犠牲を払ってまで戦争をしたことに関して、日本には日本なりの言い訳というか、理由があったと思っています。

諸外国の人たちの感情を考えると、そんなことを大きな声で言うべきではないと思うけれど、「第二次大戦前後の日本=悪」と言う方程式に、疑問を抱いてしまったりしています。

あの戦争で負けたから日本が全面的に悪いということになっているけれど、本当にそうだったのかな。
今私が見ている日本には、戦前の姿はまっったくひとつもなく、全てが変わってしまったとは思えなくて…
むしろ、昔の日本の方が礼儀正しく、人に親切で、正直で、誇り高く、善良で誠実な人が多かったんじゃないのかな?
なのに、その時代の人たちは、全てが悪だったんだろうか…??

私は戦争を知らない世代なので確信はないけれど、自分のおじいちゃんが、喜んで諸外国の人たちを殺していたとはどうしても信じがたいんです。
今は亡きおじいちゃんに、生の声をたくさん聞きたかったな…


こんな秘められた思いを持っていたので、日本の植民地時代に様々な悲劇があったと思われるマレーシアの人が、今まで聞いていた「日本=悪」とは違う見解を示してくれたことに、感動を覚えたというわけです。


私は、残念なことに、早くも小学2年生の頃に社会科が苦手になり、特に高学年で習い始めた歴史が丸っきりダメです。
お恥ずかしい話ですが、時事問題にもとっても疎いです。
北方領土は別として、竹島や尖閣諸島の領土問題についてもニュースで聞いたことは勿論あったけど、あー、なんかお互い水掛け論してるな、と、第三者的な目で見ていてあまり意識したことはありませんでした。

なので、NZに行って初めて韓国人と話し、テージーを始めとする韓国人に戦争や竹島について敵意むき出しで話されると、ものすごく不快で、なのに根拠を持って言い返すこともできず、とてもはがゆい思いをしました。

因みに、戦争について詳しく知りもしないのに、小学生の頃から、日本は戦争を起こして多くの人を殺した悪い国だ、という概念はぼんやりずーっと持ち続けていました。
私だけでなく、右よりの考えの人以外は、こういう人多いんじゃないかな?と思います。
実際、学校でそういう教育を受けていたと思っています。

韓国は、やり過ぎと言えるほどの反日教育を、小学校に上がる前の幼い子供にまで叩き込んでいます。
でも、逆に日本が日本の立場での見解を教育の現場に持ち出すと、鬼の首を取ったように怒り、抗議が殺到しますよね。

私は、自分の子供に韓国で行われているような「日本=悪」な教育を受けさせたくはないです。

戦争でたくさん悪いことをしたのは事実、でも、それにはそれなりの理由があった。
だからと言って罪なき人の命や自由を奪っていいと言うものではないから、今後、戦争は絶対にしてはならない。

こんな風に自分で考えられるような教育を受けさせたいと思っています。

あるカテゴリーで言うと、私は日本人。
だから、外国のニュースで日本人が惨殺されたような悲惨な事件を聞くと、とても居た堪れない気持ちになります。
でも、別のカテゴリーで言うと、私は地球人。
最近で言うと、四川の大地震やサモア沖、スマトラ沖地震などで多くの人が亡くなったり家を失ったりしているのを見ると、とても心苦しくて顔をしかめずにはいられません。

人の命に国境はないし、命の重さも国で変わることはないですよね。
自分の身近な人かどうかって言うのは個人にとって大きな問題ではあるけれど、
見ず知らずの人の苦しみ、悲しみをも分かち合える地球人が増えて、いつか、韓国と日本も本当に仲良くなれたらいいな。

今回のマレーシア旅行を通じて、こんなことを思いました。

もっとも、私の立場でテージーを説得すると言うのは違うと思います。
テージーには韓国からの視点だけでなく、日本からの視点でも、試しに考えてもらえれば、ちょっと変わるんじゃないかな、と思います。

実際、アメリカ人が作った(?)戦争に関するドキュメンタリーをネットでダウンロードして真剣に見終わったテージーは、

テ「まさにそうだ。あの戦争は、アメリカが悪い。日本は戦争をしかけさせられている。」

と言いました。

戦争に関して話し合うとどうしてももめてしまうので、ある大喧嘩を境に私たちは戦争の話も竹島の話もしないようにしていますが、そのテージーがそんなことを言ったことがありました。

実際テージーが今どんな歴史的見解を持っているかは私には分からないけれど、少しずつ何かが変わってきているのかな?と淡い期待も持っています。


マレーシアの旅行ガイドのリーさんは、日本語を習得するために、2年間日本に留学していたそうです。

日本に来るまでは、ニュースで言われていることを鵜呑みにして、マレーシア万歳!な考え方だったけど、日本へ来て外からのニュースや、他の人の見解、日本の言論や報道の自由、色んなことを知って、マレーシアの報道がいかに嘘で塗り固められたものであるかを知り、マレーシア政府も大嫌いになった、でも、マレーシアは大好き。
これからも更なる発展を遂げられるよう、私も一人のマレーシア人として、国に貢献していきたい。

そんな風に言っていました。

私の予備校時代の友人で、北京の大学に留学中に釜山の女の子と恋に落ち、長い長ーい交際期間を経て結婚し、大阪に住んでいる子がいます。
もう結婚して3年目くらいかな?
奥さんは、始めは“独島は韓国のものだから!”と言ってくる人だったけど、日本でニュースとかテレビなんかを見て、最初は首を傾げたり文句を言ったりしていたけれど、今は概ね日本人の感覚が理解できるようになった…というか、国の政治と個人の感情を別のものとして捉えるようになったんだそうです。
自分の持つ概念と、日本にある概念を比較して、自分で考えて、新しい概念を持つようになったんじゃないかと彼は言っていました。

テージーが同じようになるとは限らないけれど、将来日本人とのハーフの親になるつもりがあるのなら、一度は耳を塞がずに日本の見解を聞いて、その上で自分の見解を持って欲しいと思っています。

韓国で就職した今、現実的にはとても難しいことだけれど、テージーには旅行だけでなく、日本で日本の文化にどっぷり浸って暮らす日々を、ある一定期間は過ごして欲しいと思っています。

そしたら、私が韓国のことを好きじゃなくなったように、テージーも日本のこと嫌いになっちゃうのかな…?

もしそうなってしまったら、それはそれで仕方がないですよね。
韓国に住みたくないと断言してしまってる私が、それをテージーに強制することはできないですし。


なんだかここまで書いてみて、自分はやっぱり日本びいきでしか見れてないのかな、って言う真逆の感情も出て来ました。
本当に、何にも悪いことをしてない親類がもののように扱われ、殺されて、それでもそんな風に言えるのかな?って…
でも、その殺された人たちがもし殺されずに生きていても、もう寿命ってくらい昔の話、でもあるんですよね。
自分が殺したんだったら、寿命とか関係なく、一生死ぬまで悔い続けるとは思いますけど…

あと100年とか経って、自分との繋がりがよく分からないくらいのご先祖様が殺された、っていう風になれば、憎しみは薄れて行くのかな。
どうだろう?

私一人で世間を変えようとしたってそれは絶対無理だけど、韓国にいる日本を恨んでいる人たちの中に、私という一個人に会うことによって、少しでも考えが変わる人がいてくれたらいいな。

そんな風に思いました。


以上、長い長ーい、ひとりよがりな独り言でした。

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お姉ちゃんと旅行⑤

クアラルンプール最終日、9/27(日)。

ペトロナスツインタワーをつなぐブリッジへ行く無料ツアーがあるんだけど、確実に行くには朝の5時半に並ばなきゃいけないってガイドのリーさんが言ってた。
でも、運がよければ行ってすぐ上れることもあるって言ってた。

運試しのつもりで、もう9時過ぎだったけど行ってみた。
もしもう売り切れでダメだったとしても、自分たちで行ける限りの最上階まで行って景色を見てみよう!と思っていたら…

チケットを待つ列と、その頭上にモニターを発見。
「現在配っているチケットは13:30からのツアーのチケットです」って書いてある。

今の段階で一時半かー。結構並んでるけど、無事チケットゲットできるかな…?

並んで待った挙句、チケット終了なんて言うのは悲しいので、ペトロナスツインタワーのお土産物やさんコーナーの受付のお兄さんに、
“今から並んでもチケットもらえますかね?”
って聞いてみたら、
“大丈夫だよ!今すぐあそこに並んで!”
と言われ、言われた通り列に並ぶ私たち。
ドキドキドキドキしながら待っていたら、私たちは16:15からのツアーとのこと。
所要時間が25分って言うから、リーさんがホテルに迎えに来る17:15までに戻るにはギリギリの時間。

とりあえず、この時間まではインド人街とチャイナタウンへ行くことに。

今回の旅では初めて、鉄道に乗りました☆

切符がテレホンカードみたいなカードになってて、古びた感じから、リサイクルされている様子。

まず、インド人街の最寄駅で降りると、モスクらしき建物を発見!

地図で“独立広場”を発見して、そこへ行こう行こうと言うお姉ちゃんについて行ってみたけど、そこはただのモスクでした。

入るのに、長袖を着て、髪の毛を布で巻かないといけないと言うことで、イスラム教徒風に髪に貸し出し用のスカーフを巻いて手持ちの上着を着てモスクの周りを歩くと、死ぬかと思うくらい暑かったです。
イスラム教徒の女性たちってすごいわ~!!

モスクを出て、お姉ちゃんがしつこく独立広場へ行きたいと言って、どんな所か私に説明してくるんだけど、その説明が、リーさんが連れて行ってくれた原っぱ(笑)の説明と同じなんです。
で、お姉ちゃんに、“それってツアーで行ったやつじゃないの?”と言って納得!
ツアーはバスで行ったので、すごく遠くへ行ってた気分だったけど、実は街中のあちこちを回ってくれていたようです。

お姉ちゃんが諦めてくれたところで、インド人街の方へ歩いて行きました。
mixi情報で、インド人街は男一人でもちょっと怖い、なんて読んでいたのでとっても身構えましたが、会う人会う人み~んなにこやか!

インド人街に限らずどこでもそうだったんだけど、“よく来てくれたねー、私たちの愛するマレーシアへ、ようこそ!”と歓迎されているような感じ。

地球の歩き方の地図を見ながら、目印になる川の近くで立ち止まると、目の前のテタリが飲めるインド風カフェの中から、“やぁ君たち。どこへ行きたいんだい?”とちょっと年配のインド人の男性に話しかけられる。

ちょっと警戒してる私は、あ、ここテタリのお店だ!と気付きながらも、テタリも飲みたい、ロティチャナイも食べたいという欲望を抑えて、屋台街に行きたいんです、と告げる。

そうしたら、周りでテタリを飲んでるインド人たちは私たちに釘付け。
でも、話しかけてくるのはそのおじさんだけで、おじさんは、

“インド風の本当の紅茶を知ってるかい?普通の紅茶より濃いんだよ。ごちそうしてあげるから飲んでみなさい。

 ここに腰掛けて。 あー、そこだと陽が当たって暑いから、椅子を引いて陰に入りなさい。”

と言って来ました。

フツーだったらそんなのちょっと怖いし断ってるところなんだろうけど、お店の雰囲気も怖くなかったし、みんなにこやかだったし、お店に壁がなくてオープンだったからなのか、何故か私は言われるままに隅っこの椅子に腰掛けたんです。

で、甘くて濃いーテタリをご馳走になりながら、マレーシアの歴史について話してくれました。

内容については、ちょっと感情がこもった書き方しかできそうにないので、ここでは書かずにまた改めて書くことにしますね。

そのおじさんは、私たちがゆっくりとテタリを飲み、そんなことを話し終わると、簡単に道を教えてくれて、知り合いのお店の前で“じゃあね、気をつけて。”と言ってお別れしました。


そして、お姉ちゃんと一緒にお目当てのロティチャナイ&テタリ(再び!)を飲むべく屋台街へ☆

ナンやごはんと一緒にタンドリーチキンとか、インド風なのかマレーシア風なのか分からない魚の煮物や野菜の炒め物、貝料理などなどを美味しそうに食べてるインド系の人たちの食卓を覗きながら、ここへ来てタンドリーチキンが食べたくなった私たち。

あっちこっち見て回ったけど、ロティチャナイを食べてる人が皆無で。
看板にロティチャナイと書かれているお店に入って注文したら、今日はやってないと言われて…

もう席に座っちゃったし、気を取り直して、あれもこれもと目新しい料理を少しずつお皿に乗っけて2人でハンブンコして食べました。
値段の形式は正確には分からなかったけど、おそらく入れてる種類の数だけ計算しているようで、おかず一種をモリモリ入れて食べてる人たちに比べるとお得度は下がるかもしれないけど、それでもテタリとお茶を頼んでも600円くらいだったかな?

お味は…正直、残念ながらあんまり美味しくなかったです。
魚の煮つけが川(というかどぶ?)の匂いだったし、私たちの選んだお店はタンドリーチキンじゃなくて冷めたフライドチキンだったし、麺もノビノービ。
お店の選択ミスだったようです。

そこでゆっくりランチを食べていると、突然屋台のトタン屋根からものすごい音がし出しました。

何かと思ったら、バケツをひっくり返したような雨が、急に降ってきたのでした

お姉ちゃんの話す言葉も聞き取れないほどの雨音を聞いていたら、なんだか急に頭がボーッとして来て、ぼんやりしてました。
お姉ちゃんにそう言ったら、お姉ちゃんも同じ症状!

まさか…さっきごちそうになったテタリに変な薬でも入ってた??

なぁんて不吉なことを思いながら、時間がないので次の目的地、チャイナタウンへ向かいました。


歩き出すと、雨が小降りになって来て、ついには止みました

なので、電車で一駅の距離だけど、歩いて行ってみることにしました☆

実際、歩いて10分くらいで中国の香りになって来て、気付いたらメインストリートにいました。

せっかくだから中国っぽい食べ物が食べたくて、地球の歩き方に載ってたお店に入ってみると、すっごくたくさんお客さんがいて、お店の中もキレイ☆

麺と、懲りずにハイナンチキンと、豆腐花を食べて帰る頃には、いーーーっぱいいた人が誰もいなくなってて私たちが最後でしたビックリ!

で、お店を出て、おみやげ物やさんへ行ったり、ペットショップに寄ったり、地元系のスーパーに寄ったり、とにかく歩き回りました。

時計を見ると、もう3時回ってる…

あとは、ペトロナスツインタワーへ行って、そのツアーが終わったら帰国だ…と思うととっても淋しくなりました

ツインタワーまで、電車に乗って行くと、時間は15:45くらい。
私たちのチケットは16:15だけど、早い時間でも入れてもらえないかな?と、デスクに聞きに行ったら、私の下手くそな英語は無視して、チケットの時間を見て“あと30分したら来て下さい”って言われてちょっと凹む。
で、ツインタワーに関する説明とかクイズのブースでちょっと時間潰してたら、次の16:00からのツアー客たちの入場が終わったので、最前列に並ぼうとそこへ行くと…

普通にチケットの半券を千切って入れてくれました

なんじゃそりゃ?お兄さん、時間見た??でもま、いっか

と、どさくさに紛れて入場し、ペトロナス社の宣伝の短い映画を観た後エレベーターで41階まで上がりました♪

眺めもいいし、時間を区切って限られた人数のツアー客だけがいたせいなのか、特別な空間にいる感じがしてとても気分がよかったです☆

日本と違ってモスクなんかもあちこちにあるし、公園も上から見ても形や彩が可愛くって素敵でした。

あっと言う間のツアーが終わり、あとは時間までにホテルに戻るだけ!!

時計を見ると、あと30分でロビー集合時間です。
(ツアー所要時間が25分なんて大嘘でした!たっぷり45分かかりましたよ!)
帰ってからトイレに行って、汗かいたから顔も洗いたいし、とにかく急がなきゃ!!

またまた移動は競歩です。

ホテルに着いたのは、16:05!!
なんと、リーさんはすでにホテルにいました

慌てて部屋へ戻ると…

今朝もチェックアウトの時間は18時で、それまでは部屋を使えるんですよね?ときちんと確認したにもかかわらず、カードキーが無効!
仕方がないからまたロビーまで降りて、フロントでマスターキー(?)を借りて部屋へ戻り、慌てて準備しました!!

下に降りると、時間は16:16…
一分遅刻してしまいました。

でも、リーさんがいない!!!


慌てて外へ見に行ったけど、リーさんの姿がどこにもなく青ざめるわたしたち

すると、3分くらい後にリーさんが“すいませ~ん!ごめんなさいね。バスこっちですよ~。”と言って来てくれたのでとっても安心しました。。。

こっちこそ、遅刻してしまってすみませんでした


こうして、楽しかったマレーシアの弾丸ツアーが、ついに終わっちゃいました。

空港に着いてからも、まだ時間があったので、残ったお金を使うべくマクドナルドへ行きました(笑)


今回、シンガポールの空港以外ではクレジットカードを使っていないんだけど、マレーシアで両替した日本円はなんと、2人で12000円でした
私の方が買い物してたので、最後の方はお姉ちゃんが出してくれたりしたけど、それでも余ってマクドに行っちゃったくらい、貧乏旅行でした。
普通に食べたいものは食べたし、高速バスに乗ってマラッカにも行ったし、電車にも乗ったし、靴やTシャツも買ったのにビックリ!!

マレーシアは人々がとっても暖かくて(気温は暑い!!)素敵な国でした。

またいつか訪れたいな~。

今度は欲張って、ペナン島とかビーチリゾートにも行ってみたいです




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お姉ちゃんと旅行④

旅行三日目、9/26(土)の朝、急遽マラッカへ行くことにしました。

日本であらかじめ調べておいたので、行き方は何となく分かってるつもり、だったけど…

マラッカへ行くというバスターミナルへ行って、マラッカ行きのバスチケットを売ってるお店の人に色々聞いても、調べてあったバス代と値段が違うし、何より、そのバスターミナル発着じゃなくて、違うバスターミナルまで乗り継いで行かないといけないという…

乗り継ぎバスも、40分かかるとか言ってるし、渋滞したらもっとかかるかも、とか、発着点でバスに乗れるか分からないから遅い方のバスのチケットを売るとか言ってるし…

日本で調べてた時にはそんなことひとつも書かれてなかったし、そのバス会社だけかな?と思ってあちこち聞いて回っても、やっぱりそのバスステーションから直通ではマラッカに行けないとのこと。
30分くらい聞いて回って、ようやく諦めて中継地点へ向かいました。

でも、渋滞もなくスイスイ行けて、一本前のバスに余裕で乗れる時間。

前のバスに乗ってもいいとのことだったので乗ろうとすると…

チケットが、ない

かばんの中全部とポケットも全部探したけど見つからず、諦めてチケットをもう一度買い直そうと中継地点にあるチケットブースへ向かう道すがら…

私がなくしたチケットが落ちてました。。。

トイレに行く途中に落としてしまっていたらしい。

見つかって本当によかったー!!


こうして、なんとか無事にマラッカのバスステーションに到着☆

早速帰りのバスチケットを買ってそれを見ると、バスの乗車時間が2:30pmになってる…

おいおい~!8時の最終バスって言ったよね?

何とかチケットを出し直してもらって一件落着☆

調べておいた通り、ローカルバスに乗ろうとうろうろ。

でも、どのバスか分からなくてバスの運転手さんに聞いて教えてもらい、無事に街まで行くことができました♪

着いたのはもう2時半くらいだったかな?

お姉ちゃんが調べておいてくれた美味しいハイナンチキンのお店へ行くと、テキパキしたアジュマが、

ア「あんた日本から来たの?メニューよく分かんないでしょ?私が代わりに注文してあげるわ。

  ハイナンチキンとライスボール、それから、野菜でどう?」

と言ってくれたので、お任せにしました。あと、冷中国茶。

出てきたチキンの美味しいこと!ライスボールもサイコー☆

野菜は、空芯菜とか青梗菜とかを想像してたら、フツーにキャベツの油炒めだったけど、味付けがとっても美味しくて満足でした!

ごはんの後は、ちょっぴり観光。

色んな人に日本語で話しかけられて、日本人観光客ってホントに多いんだなぁ、と実感しました。

店先に、のび太くんとしずかちゃんのパクリに違いない2人のキャラクターTシャツを発見して、吸い込まれるようにそのお店へ。

おもしろTシャツがいっぱいあって、カーネルおじさんの目のところを隠した絵の前でニワトリたちが会話をしていて、

“So he killed your dad.”ってプリントアウトされたTシャツにノックアウトされて、気に入らなければ寝巻きにしてくれ、と弟のお土産に買って来ました(笑)

そうこうしているうちに、道を歩いていると、ツアーの運転手さんにバッタリ遭遇!!!

言葉が通じないのもあるけれど、びっくりしすぎて挨拶だけで通り過ぎちゃいました。

真夏の太陽の下を歩き回って、熱くて熱くて干からびそうなので、マンゴーローのお店に入りました。

入り口で注文して作ってもらうんだけど、予め容器にフルーツ(缶詰)なんかが入ってる。

私たちが注文したのには、赤い豆と、なんと、缶詰のスイートコーンが入ってました(-_-;)

なぜスイートコーン入れちゃうかな?不思議だ。

マンゴーシロップの他にも黒い蜜もかけられて、黒糖苦手なのになぁ、と思っていたら、黒糖の独特の匂いはなかったので、違うものだったのかもしれません。(不明)




マラッカは、ポルトガルやオランダの支配も受けていたところなので、教会なんかもたくさんあります。

勿論華僑もいるのでお寺もあります。

ガイドブックに載ってるお寺と、大砲のあるちょっとした公園と、セントポール教会、サンチャゴ砦をちら見して、教会で出会った人に、

“この丘から夕陽を見ていくといいよ。”

と言われて、あ!そろそろ帰ることも考えなきゃ!!と気付く私…

キュ「最終バスでクアラルンプールへ戻らなきゃいけないんです。」

おじさん「最終って8時?だったらあと1時間後、7時にはバスに乗ってバスステーションへ向かわなきゃだめだよ。渋滞するからね。バス停は、この丘を下ってあの道を渡って、向こうの道を横切ってから乗るんだよ!」

と親切に教えてもらったのに、私とお姉ちゃんは、

2人「来るとき10分くらいで来れたんやから、いくら渋滞してたって、1時間って長すぎやんな。けど、バスステーションでぶらぶらしてもいいし、早目に行っとこか

なんて余裕をぶっこいて、欲張ってセント・フランシスコ・ザビエル教会をちら見しにぐるっと回って、来る時に降りたバス停から乗ることにしました。

その前に、カルフールに寄ってテタリという甘いミルクティーと南国フルーツのフラペチーノを飲んで休憩なんかしてるからダメなんだけど、時間がなくてバス停まで小走り。

バス停で待ってる女の子に

キュ「クアラルンプールに帰りたいんだけど、バスステーションに行くバスはこれ?」

と聞くと、そうだよ、と教えてくれました。

どうやらこのバス、一方向に循環し続けるタイプのバスで、行きと帰りで所要時間が全然違うらしい…

バスに乗ったら運転手とは別にチケット代を回収するおじさんがいて、

おじさん「君たち何時のバスに乗るんだい?8時?ならギリギリだね。このバス到着までに1時間かかるよ。」

なんて言われちゃいました

しかも、このバス、途中でバックして引き返して同じ道を戻るんです!!

バスに乗って30分くらい経った頃に、出発地点付近の別のルートを通ってました。

教会でおじさんたちが言ってた道って、これのことだったのね~。

結局バスは10分弱前に着いて、トイレに行くくらいの時間だけ残してホントにギリギリでした!!

さっき私が質問した女の子もクアラルンプールへ行きたいらしく、どこでチケットを買ったのか、何時のバスか、と質問返しされました。

最終バスなのに、チケットあるかな…?

と思ってたら、無事同じバスに乗ってました☆

空いてる席を見つけて座ってたら、“ここ、僕たちの席なんですけど。”と男の子たちに言われて退散…

私たちのチケットは、買った時間が早かったせいか手書きで席番号とか書いてないチケットだったから席が決まってるなんて知らなかったんです。

それに、行きはそんなの決まってなかったのに、おかしいなぁ??

帰りのバスは3列シートで行きより快適でした!

爆睡したままクアラルンプールに到着、またバスを乗り換えて元のバスステーションに着いて、10分くらい2人で歩いて帰りました。

この日もジャランアローの屋台へ。

人がたくさん入ってるとこが美味しいかな?と、適当に入店して、大根餅と、ハイナンチキンライスと、ドライワンタンミーと、羅漢果ティー(ハーブティーと説明書きあり)と大麦茶を頼むと…
一つは麦茶のような色、でも、もう一つは白っぽい透明の液体。
お店の人に、間違ってますよー!と言うと、茶色い方がハーブティーで白い方は大麦茶だと言われて飲んでみると…

甘い!!

羅漢果の方は、甘くなければお茶なのに…でも、甘すぎてまずい。
大麦茶の方は、韓国でよく飲むシッケと同じように大麦が沈んでました。
製法もほぼ同じなんでしょうね。
私はシッケを飲み慣れてるから全然大丈夫だったけど、お姉ちゃんが唸ってました。
こんなことなら冒険せずに中国茶飲んどけばよかったね…

ワンタンミーは、日本の焼きそばのソースがちょっと違うような味でした。
美味しいお店のは病み付きなのかもしれないけれど、私はこれだったら焼きそばの方が好きだわ。
付属のワンタンスープは美味でございました☆
ハイナンチキンは、マラッカのが美味しすぎて、そういうものだと思っていたら、ちょっぴりがっかりしちゃいました。
いや、でも美味しかったんですよ。
でも、ここで食べた大根餅は、忘れられないくらい美味しかったです。
サイコロ状に切ってもやしとかニンニクとかと一緒に炒めてるんだけど、まるでてっちゃんを食べてるかのような錯覚に陥ります。
結構オイリーなはずなんですが、冷めても全然ギトギトしなくて最後まで美味しく食べられました!

それから、食後にマンゴーローも注文しちゃいました!

ここのマンゴーローは、赤い豆とかスイートコーンとか入ってなくて、一見たくあんに見える薄切りマンゴー果実とマンゴーソースが乗ったシンプルなカキ氷でした。
当然美味しかったけど、マラッカで食べた不思議カキ氷も、ソースがすごく美味しかったのよね。
あの黒いソースは一体なんだったのかな。


その後、おなかいっぱいなのに、お姉ちゃんが本格テタリが飲める24Hオープンのお店を見つけちゃって(笑)、テタリとロティチャナイというナンのような生地とカレーがプレートに入ってる軽食を2人でひとつオーダー☆
おなかいっぱいなのに、ロティチャナイがめっちゃくちゃ美味しくって感動でした~!!


こうして、長い長い一日が終わりました。

明日はいよいよ最終日。

夕方まで、クアラルンプールを満喫するぞー!!

theme : 国際恋愛
genre : 恋愛

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プロフィール

キュブ子

Author:キュブ子
NZワーホリ中に知り合って、2008年3月からお付き合いしている4歳年下の韓国人の彼とラブラブです♪
泣き虫で強情な29歳のおこちゃまです…

Darling:テージー
NZ滞在中からぐんぐん体重が増えて、立派なブタさんになりましたが、おなかだけでなく心もとってもワイドで素敵なダーリンです☆

☆記念日☆
2008年3月11日に交際スタートしました☆
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